誰か、俺の電源を止めて下さい。

五右衛門1五右衛門2

基本的に『おバカ』を前に出して活動している俺のサイトや
ブログの意向とは異なり、今回の内容は少し重くて、
そしてとても長いけれど、聞いてくれるかい?
『湿っぽいのはヤだよ』って人は、どうか読まずに流しておいてくれ。
俺はもう、どうしていいか分からないから、こうやってここで
『あいつ』の事を書くことで、この気持ちをどうにかしようと
しているのかも知れない。

以前、『俺の独り言』でも話題にしていた俺の飼い犬。
名前は『五右衛門(ごえもん)』と言う。
その犬が、難病のため逝ってしまった。享年8歳。
人間なら48歳ぐらいらしい。少し早い死だったと言えよう。

たんぱく質を吸収できなくなるという、まれな難病にかかってしまった。
食べても痩せる一方で、下痢と嘔吐を繰り返す。
とうとう食事もしなくなった。
病状は重く近所の病院では手に負えないようなので、車で1時間ほど
離れた町にある『名医』と名高い先生のいる獣医へ連れて行った。
五右衛門の痩せ方や、家族の話を聞いただけで先生は病名を言い当て、
病気の事が詳しく書かれた辞典のような物を家族に見せ、丁寧に説明する。

先生の説明で分かった事は、この病気がとても厄介な物であるという事と、
五右衛門の命がカウントダウンの状態であるという事だった。
絶望的な事は血液検査の結果を見ても明らかだったが、
俺ら家族は最後の望みを先生に託して、五右衛門を入院させた。

俺は残業そっちのけで仕事を切り上げて、車をぶっ飛ばして
五右衛門に逢いに行った。
あいつは、とても環境が良く手入れの行き届いた綺麗な小屋の中で
点滴をしながら寝ていた。
苦しんでいないのが幸いだったが、先生の説明によると、
痛みは無いが体はだるく意識も朦朧としている状態だろうとの事だった。
小さい体で、何とか生きようと必死で戦っているのだ。

毎日の血液検査の結果を見て、日に日に五右衛門が
弱っていくのが分かった。
9日の朝、大雪が降る中病院へ行った日、先生が家族に告げた。

とうとう体温が低下し始めたそうだ。
先生の経験上、体温の低下が始まってしまうともう長くは無いそうだ。
先生は一つ一つ言葉を選びながら、五右衛門が最期の時を迎えようと
しているのだと、隠す事なく家族に説明した。
そして、病院ではなく、最期は五右衛門自身が暮らした『家』と
『家族』という見慣れた面々の中で
旅立ちを見送ってあげて欲しいと言った。

『連れ帰ってどのように接してやればいいですか?』
母は、涙をこらえながら先生に聞いた。
もはや食事も出来ず、水も飲めない状態の五右衛門に何をしてやれるのか。

『最期に持って逝けるのは家族との思い出だけだから、時々目を開けた時、
いつも誰かが見える状態にしておいてあげて下さい。』

先生はその後、部屋を温かく保つ事と、口を湿らす程度に水を与える事を
付け加えた。

退院の時、すっかり小さくなった五右衛門をペット用のベッドに乗せた。
『五右衛門、帰ろう。お前の大好きな家に帰ろう。みんな、待ってる。』
俺はもういい歳をしているくせに、周りも気にせず馬鹿みたいに
ダラダラ涙と鼻水を流して、うっすら目を開けた五右衛門に話しかけた。
久しぶりに抱きかかえたあいつは、とても軽かった。

先生は『力不足で申し訳ない』と頭を下げ、涙ぐんだ。
とんでもない。
こちらが手遅れの状態で持ち込んだのだ。先生に何の非があるだろう。
むしろ手厚い看護と、退院の見極めに感謝している。
もし金儲け主義の悪い医者なら、先が長くないのを知っておきながら
更に入院を続けさせ、検査や点滴でお金を取る事を選ぶだろう。
そして、死んだ後に冷たくなった遺体を寄こすに違いない。

先生の治療と判断に感謝しながら、五右衛門と共に病院を後にした。

自宅へ着くと、五右衛門はふらふらしながらやっとの思いで頭を持ち上げ
自分の過ごした部屋を見渡した。
少しほっとしたように見えたのは俺の気のせいだろうか。

部屋を温かくし、家族で五右衛門に『おかえり』を言って、
みんなで見守った。
でも、お前は家に帰ってきたけど、またすぐに一人で遠くへ
行かなくてはならないのか。
家族の思い出だけ持って、一人で誰も知らない遠くへ
行かなくてはならないのか。

家族は五右衛門の意識がある時に、皆それぞれの思い出を話しかけて
頭や体をやさしくなでてやった。
食事も交代で取り、決して五右衛門が一人になる事の無いようにした。
五右衛門が不安にならないように、なるべく明るく振舞うようにした。

翌日の早朝の便でシンガポールへ出張に行かなくてはならない兄は、
死に目に立ち会ってやれないかも知れないと、しきりに残念がった。
夜も更けて来た頃、寝不足で体調を崩してはいけないからと親に促され
兄はしぶしぶ寝室へと向かった。
何かあったら絶対に起こしてくれと言い残して。

俺は五右衛門のそばに座って、ずっと話しかけていた。
俺が飼ってきた犬だからだろうか。いつも俺のそばに居た。
ゲームをしていると、ひざの上に乗って来た。
寝るのもいつも一緒だった。なぜか俺の布団に入ってくるので
一緒に寝た。温かかったし、かすかないびきも心地よかった。

俺が深夜まで漫画を描いていると、よく心配そうにこっちを見ていた。
『あと1ページ描いたら寝るから。』とか、
『おまえが手伝ってくれたらいいのになぁ。』とか、
俺は何かと五右衛門に話しかけていた。
人の話を聴き、表情のある、本当に人間のような奴だった。

深夜12時を過ぎた頃だった。
突然、横たわっていた五右衛門が体をゆっくりのけ反らせ、
深く大きい呼吸をした。
とうとう『その時』が来たのだと、なぜか直感で思った。
転がるようにして兄の部屋へ行き『五右衛門がっ…』と呼び掛けただけで
兄は布団を跳ね上げて飛び起きた。

みんながそろって五右衛門の周りに集まり見守る中、
もう一度深く大きい深呼吸をして、五右衛門は息絶えた。
苦しむ事も、もがく事も無く、静かに静かに逝った。
家族みんな、大人がそろいもそろって馬鹿みたいに泣いた。

すぐに遺体を仏壇のある部屋へ安置し、ろうそくと線香をあげた。
その晩は、五右衛門が寂しくないように家族がそばで寝た。

翌日早朝、出棺に立ち会えない事を残念がりつつ、後は頼むと
兄が出張へ出掛けていった。
葬儀屋へ電話をし、遺体の引き取りをお願いする。
五右衛門の遺体を少しでも長く置いておきたかったので
一番遅い時間を希望したが、夕方の時間は予約で一杯なのだと言う。
だから、昼頃の引き取りをお願いした。
少し早いけど、仕方がない。

それまでに準備をしなくてはと、近くの花屋に棺桶の中に入れるための
花を買いに行った。
菊とかは悲しくて寂しくて嫌だから、明るい色のやわらかそうな花を
たくさん買った。花を選びながら、不覚にも涙が出てきた。

あいつが大好きだったエサやお菓子やささみジャーキーも、
少し紙に包んで用意した。

近くに住む叔母に五右衛門が亡くなった事を伝えると、
すぐに花を持って、雪の中を歩いて逢いに来てくれた。
五右衛門とよく遊んでくれて、なじみが深かった叔母だ。
すっかり冷たくなった五右衛門の体を撫でて『寂しくなるね』と泣いた。

隣町に住む姉も、最期のお別れがしたいと花を持ってやって来た。
小さい体でよく頑張ったと、姉は五右衛門の腕に残る
点滴や採血の跡をそっとなでた。

五右衛門、おまえ良かったなぁ。
おまえの死に対して、わざわざ逢いに来た上に
涙まで流してくれる人が居たんだぞ。

あっという間に時間は過ぎ、葬儀屋が遺体の引き取りに訪れた。
棺桶を受け取り、説明を聞いて旅立ちの準備をする。

あいつが気に入ってよく座っていた、俺の座布団。
俺まだ使ってたし、おまえの思い出も詰まってるから
本当は置いておきたいけど、もうおまえにやるよ。
持って行け。あっちで使え。

おまえの愛用していた毛布も、枕も、全部全部置いておきたいけど、
無いと困るだろう?だから、持って行け。

エサとお菓子とささみジャーキー、入れとくからな。
最期、何も食べられなかったから、あっちではたくさん食べろ。
もう、つらい事も苦しい事もないから、いっぱい食べろ。

棺桶の中に俺の座布団を置き、枕を置いて五右衛門を寝かせ
毛布を掛けると、まるで眠っているだけのように見えて、
俺はまた馬鹿みたいに顔から出るもの全部出しながら泣いた。
涙腺を目詰まりさせてやろうかと思うほど、涙が後から後から出てきた。
何で俺はこんなにも弱くもろいのか。

もう俺は『感情』という物を全て破壊して、いっそ機械のように
なれればいいと思った。
出来るものなら自分の電源でも切って、どこか部屋の奥深くにでも
片付けてはもらえないかと、心の底から強く願った。

俺は『命』という物を甘く見ていた。

五右衛門を飼う時、物理的に俺より先に亡くなると知りながら
どこかで『所詮ペットだから』と、割り切れると思っていた。
それが8年も一緒に暮らし、日々話しかけ、寝食を共にすると
その存在はもはや『一匹』では無く『一人』になっていた。
犬だから、人間だからと、命の重さに区別など無いのだと思い知った。

『命』がどうしてかけがえの無いものなのか。
それは『代わりになるものが無いから』だ。

例えば、今すぐに別の同じ種類の犬を誰かが連れて来たとしても、
それはもう『五右衛門』ではない。
一緒に暮らした8年間の記憶を持った犬は、もうどこを探しても居ないし
どうやっても帰ってこない。

生きとし生けるもの全てそうだ。
だから『命』は愛おしいのだ。

五右衛門の周りに花を敷き詰めて、名残惜しいけどフタを閉める。
葬儀屋に棺桶を渡して、持って行かれてしまったら、それで最後。
もうおまえは本当にこの世から居なくなってしまう。
渡す前にもう一度フタを開け、もう一度言った。
『五右衛門ありがとう。とりあえずはお別れ。でも、またな。』

小さくなってゆく葬儀屋の車を見送りながら、家族で途方に暮れた。
今日からこれから、あいつが居なくなった分の心の穴は
誰がどうやって埋めることが出来るだろう。
出来るはずもないのが分かっているから、尚更辛い。

夜。シンガポールに到着した兄からメールがきた。
『五右衛門がかわいそうでやり切れない。散歩より何より食べる事が
一番の楽しみだったあいつが、何も食べられずに逝ってしまった。』

異国の空の下、たった一人で五右衛門の死と向かい合わなくてはならない
兄を思うと俺もまた辛かった。
何も食べられずに逝ってしまった五右衛門の事を思って
自分も食事をしないと言い出しそうだったので、とかく食事は
しっかり摂って元気に帰国してくれと返事を入れた。

家の中や俺の部屋にある、五右衛門が使っていた物たちを
どうしても片付ける気になれず、そのままそっくり置いてある。
水入れの中には、新しい水を入れておいてやった。
どれを見ても泣けてくるし、あいつを思い出して辛いけど。

母は、部屋や廊下に掃除機をかけようとしてやめてしまったと言う。
五右衛門の毛が落ちていて、それを掃除して取り払ってしまうのが
悲しく思えたのだと。

俺は悲しい時、その悲しみをどこかへ追いやったり、
無理にごまかそうとするのではなく真っ向から向き合う事に決めた。

心の引き出しにしまい込んだ悲しみを一つずつ取り出しては、
その理由や正体を明らかにして、その悲しみにとことんまで向き合って、
悲しいものは悲しいのだから、気が済むまで涙を流す。
そしてその『悲しみ』たちと共に生きていこうと思う。
悲しむ事は、決して恥ずかしい事でも悪い事でもないと思うからだ。

俺は今、心の空虚をどうしたものかと途方に暮れている。
あいつの存在の大きさに、今更ながら気付いてしまった。
もう一度逢いたいが、それももう叶わぬ願いだ。

何もしないとすぐに五右衛門の事を思い出して寂しいので、
朝から出来もしない洗濯をしてみたが、干し方が無茶苦茶で
かえって母の手をわずらわせてしまった。

こんな状況下で、馬鹿な漫画を描くのもどうかと思うが、
でも今の俺にはそれしかないから、描くのは辞めないでおこうと思う。
自己満足パワー全開で復活できるように、頑張れ、俺。

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
長文駄文で申し訳ない。

俺に五右衛門という『家族』が居て、最後まで一生懸命に生きた事を
少しでも知って頂けたら、それがとても嬉しいです。
それだけです。


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